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雪景色と豪商鴻池

今日は3連休の初日だそうです。
神武天皇が大和(奈良)を占領し建国を宣言した日だそうです。
その日を記念するかのように鳥取は雪が降っています。
昨夜から寒波が覆い夜のうちに10cm程積もりました。
寒い冬に醗酵食品・漬物を作ると美味しくできます。
それで清酒の話をします。

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 戦国時代に島根県を治めた尼子氏がいます。
山陰全体に強大な勢力を持ちながら広島県から生まれた毛利氏に次第に押され
やがては滅ぼされる。
その尼子氏の重臣山中鹿之助は、国府町に逃れ私がふもとに生まれた甑山に城を建てて
国府町いったいを支配していた。
豊臣秀吉が鳥取市久松山に城を建てていた毛利氏の吉川常家を滅ぼした時に
豊臣秀吉に付き毛利氏を攻めた時備中で1578年(天正6年)戦死した。

 山中鹿之助の次男新六は、摂津国川辺郡鴻池村に逃れやがて武士を辞めて
濁酒の醸造販売をはじめる。ある時新六に恨みを持った人が腹いせに酒樽に灰を投げ込む。
其れが偶然清酒になり以来清酒を醸造するようになり其れが爆発的に売れて
江戸時代の豪商となるきっかけを作る。
新六は、村名にちなんで姓を鴻池、屋号を鴻池屋とした。これが鴻池家の始まりです。

 2代目を新六の八男善右衛門が継ぎこれが本家となる。
彼は1625年(寛永2年)に九条島で廻船業(海運業)を始め西国大名の参勤交代などを請け負う
1656年(明暦2年)両替商(金融業)を開業し1663年(寛文3年)十人両替の一人となり
代々世襲され尾張藩・紀州藩始め32藩に「大名貸し」などを手広く扱う。
1674年(延宝2年)一段の発展を期して今橋二丁目に店を移転する。
3代目には、1707年(宝永4年)鴻池新田の開発が完了する。

 明治維新にはこの「大名貸し」で大きな損害を受けたが其れを乗り切り
三和銀行として営業する。しかし古い体質が足かせとなり明治時代に
財閥として発展しなかった。

 三和銀行は、合併を重ね今はUFJ銀行としてまたもうすぐ東京三菱銀行と合併するようである。

 私も銀行家になりたいと思ってもおそらく縁がないと思います。
by WAC06068 | 2005-02-15 18:54 | 鳥取県の歴史
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